カラスの恩返し

社会のこと

まだマスク生活の始まる前のことだ。
その日も、三味線の師匠のチャリティーの舞台のため、老若男女五人で片道120kmの遠出をした。
大きめのバンには、それぞれの着物と、それぞれの三味線と道具が積んであったので、いつもちょっとしたバス旅のような気分で楽しかった。
往きは車の持ち主の男性が運転をして、帰りは私に運転して欲しいというリクエストの出るのが常だったので、帰りのその時も私が運転していた。
舞台の後で、さっさと着替えて出発しても一日かかってしまうため、みんなクタクタになっていて、眠ってしまう。 それで、バンの持ち主のおじいさんの運転は、速度の緩め方が足りず、カーブで大回りするし、そうでなくても蛇行気味で危ないので、私を含めてみんなが怖がっていたというわけだ。 私は、誰が運転してもほとんど眠れない。信用していないというよりも、時々話しかける方が安全のためにも良いと心掛けている。 その日は、似た考えの女性がいて、助かった。 本職はツアーガイドさんなので、キャンディーの差し入れを分けてくれたり、細かく気遣ってくれるのが嬉しかった。 彼女が、 「すっごい話なんですけど…。カラスって頭がいいの、知ってます?」 と言って話し始めたので、うんうんと、聞いていた。 「うちの近くにタクシー会社があって、そこの運転手さんに聞いた話なんですよ」 その運転手さんは、ある日、車の近くにカラスを見かけたので、餌をあげたらしい。 すると、そのカラスは、懐いたのか、それから続けてやって来るようになったので、運転手さんは、ずっと餌を用意することになったのだそうだ。 そんなある日、運転手さんが出勤して来て自分の車を見ると、なんとフロントガラスに千円札が一枚、くっついていたのだとか。 「それでね、『絶対、あのカラスが持って来たんだよ』って運転手さんが言うんですよ」 寝ていたはずのみんなが起きて、大笑いを始めた。 「それじゃあ、カラスの20羽も飼えば、もう仕事をしなくてもいいじゃない」 「いや、本当なんですって!」 「疑ってないけどね、面白いなと思って」と私も笑いが止まらなくなった。 その話がおかしいと言うよりも、彼女の純粋さが可愛らしかったのだ。 早く元の世の中に戻って、あんな時間が楽しめるといいな…とふと思い出したので、お裾分けしようと思った。

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