相手は意地悪をしようというのではなくて、そういうもの、というだけだ。
郷に入れば郷に従え、という言葉の通りに、常識というものは狭い範囲にあって括られているものなので、逆らうよりは、流れに従う方が、良い結果を生むと思う。
外国に出ると、周囲の状況を理解して汲み取る能力と、そこに馴染んだり同化できる能力が培われる。
逆に、長く暮らすと大人でもアイデンティティーの問題が起こったりするかもしれないけれど。
だから、人々はおっとりしていて優しい人が多いのだと思う。
映画を観ていて、米国のジョークで笑えることは少ない。
笑いのツボが違うのか、パロディーなどでは、知識が足りなくて笑えないと自覚することもあるけれど、やはり感覚の違いを大きく感じる。
周辺の日本人の人たちの意見は、概ね、そのような感想だった。
そこには語学力というか、どれだけその国の言葉になじんでいるかということも関係してくるのだと思う。
言葉だけ学んでも、実際には使えない。
言葉の奥の文化とか背景にあるものを知っていないと話すことができない。
語学については、AIの進歩で、もう言語の壁がなくなっていくのだろうと思うけれど、後者の問題は、この先も続くと思う。
ルイ ド フュネス
私が観た当時でも既に古いこの人の映画は、まだまだ人気を博していた。
欧州が日本と異なる点は、新しいものにすぐに飛びつかないということ。
エディットピアフ人気もまだ健在で、街を歩いていると、よく耳にする。
実際、20代のファンも珍しくはない。
ただ、現在のフランス語圏のジョークはシニカルなものが多いし、日本人にとってジョークがキツすぎる場合もあると思う。
欧州で暮らすのは、日本の常識を持っていけば、そんなに遠くないので、物事を決定する時に、契約があっても、話し合えば譲歩を引き出すこともできる。
これが、米国人相手だと、そうもいかないことが多い。
日本に暮らしている米国人で驚くほど物腰が柔らかくても、ルールでビシッとラインを引かれて呆気に取られることがある。
インドは、今後、経済的にも大きく成長すると言われて注目されているけれど、シャープな印象の欧米とは違い、柔らかそうに見えて、なかなかシビアな人たちだ。
欧米に中東、アジアの国々、中国やインド、そして日本が入る会議なんて、カオスでしかない?
そういえば、BRICSに参加する国も増えたけれど、欧州も中東と一緒に一帯一路に対抗しようとしているのだそうだ。
もちろん、今の戦争の結果によっても未来は違って来るだろう。
もしかすると、考えている以上に、次の10年で世界は大きく変わるのかも?
G20のニュースを観ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。