これまで何度となく書いたけれど、宗教というのは入って来ない。
哲学も宗教的なものは、匂いが好きではないので避けてしまう。
そうして何かに頼らないことで、心は平和でいられるのかと、他人に尋ねられたことがあった。
頼らないというのとは違う。
いつもいろいろな人に頼って生きている。
祈らないわけでもなくて、祈る時は、天に祈る。
神や仏ではないかも知れないけれど、何か全体の動きに関係している力があるのではないかという気がしている。
曖昧だけれど、そういう感覚はある。
人が亡くなったらどこへ行くのかについて、宗教でははっきりと書かれている。
でも、宗教を持っていなければ、天国や地獄といった世界があるとか、たくさんの女性が待っているということも想像の中でさえ起こらないのだ。
信じている人には叱られそうだけれど、おそらく天国は、生きている人が亡くなった人のことを想う時に、心を安んじることができるように考えられた世界なのではないかと思う。
言い方を変えれば、キリストもムハンマドも、たくさんの仏教の創始者も、優れた指導者であったからこそ、人の心に平安を与えるために、そのような世界があると説いたのかも知れない。
それから長ければ2000年以上も過ぎて、今だと、もっと科学的に解明できるのかも知れないと思うけれど、彼岸へ行って戻って来なければ、正解には辿り着けない話をしているのだから、なかなか事実を知ることは難しい。
でも、中にはそういう経験をしたらしい人もあって、催眠療法でその人から得た情報を元に本に書いている学者さんもある。
これも、私たちには検証のできないことではあるけれど、これを信じると楽になるというのは事実だ。
なので、ここにその本を紹介しておこうと思う。
前世療法
ブライアン・L・ワイス (著), Brian L. Weiss (原名), 山川 紘矢 (翻訳), 山川 亜希子 (翻訳)
大切な人を亡くして、自分の気持ちを慰めるのには、亡くなった人が、全くいなくなったのではないことを想像すると、かなり救われる。
病や事故や、人の亡くなる原因には、いろいろあるけれど、誰かの意図で大切な人の命を奪われてしまったようなひとには、運命とか偶然とか、どんな理屈をつけても気持ちの収まるものではないと思う。
けれど例えば、この本に書かれているような理由で人が生きているのだとしたら、或いは、パラレルワールドが存在していて、命というものはなくなってしまうものではないと信じられると、いくらか痛みは和らぐかもしれない。